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2012.3.25⇒

          =河村市長「南京発言」要旨=

 河村市長が二十日の南京市訪問団との面談で発言した要旨は次の通り。

 南京とは、死んだおやじのころから深い縁があり、そのことをまず話したい。おやじは南京で終戦を迎え、南京の寺で部隊が駐屯させていただき、温かいもてなしを受けた。例えばラーメンの作り方を教えてもらったり、農家から野菜をいただいたり。だから僕も三~五年前、その寺に行ってきた。うちのおやじは僕に「おまえが生きているのも南京の皆さんのおかげだ」と言っていた。
 そのお礼に、おやじが寺にサクラの木を千本プレゼントして、大きく名古屋の新聞に出ました。いわゆる南京事件は(終戦の)八年前の昭和十二年。もしそんなことがあったら、なぜそれほどまでに日本軍の人に優しくできたのか、理解できない。
 僕はあの、真の中日友好のためにも、南京事件というのはなかったんじゃないかと。通常の戦闘行為はあったけどね。残念だけど。真実を明らかにしないと、とげが刺さっているようなものでうまくいかないですよ。いっペん、ぜひ、討論会を南京で開いてほしい。南京の人に感謝しとるからね。
 やっぱ、言うべき事を言ってやらないかん。顔を見ているとリーベンレン(中国語で日本人)と同じ顔。漢字を使っているのは日本だけ。あまり言いたくないけど、中国が兄貴で日本が弟なのは歴史的に間違いない。大きい心にならないかん。

< 記 事 >

「南京事件なかった」と河村氏発言 
 名古屋市の河村たかし市長は20日、姉妹友好都市である中国・南京市の共産党市委員会の常務委員ら一行の表敬訪問を受けた際、1937年の南京大虐殺を取り上げて「一般的な戦闘行為はあったが、南京事件というのはなかったのではないか」と発言した。
 河村氏は理由について、事件後の45年に現地に駐屯した父親が優しくもてなされたことを挙げたという。
 河村氏は09年の9月市議会でも、終戦を南京で迎えた父親の例を挙げて「オヤジは南京で本当に優しくしてもらった。大虐殺があったなら、こんなに優しくしてくれるんだろうか」と語り、「一般的な戦闘行為はあったが、誤解されている」などと発言していた。(2/20朝日新聞)

「動かぬ証拠ある」と中国反発 河村氏の南京事件発言
 河村たかし名古屋市長が「南京事件というのはなかったのではないか」と発言したことについて、中国外務省の洪磊・副報道局長は20日の会見で、「そのような見方には賛成できず、南京大虐殺には動かぬ証拠がある」と反論した。その上で洪氏は「日本側の関係者には、歴史の教訓から学んで、両国関係の健全な発展を進めてほしい」と求めた。(2/20・朝日新聞北京)

南京市、名古屋市との交流停止 河村氏発言受け
 中国・南京市政府は21日、名古屋市の河村たかし市長が「南京事件というのはなかったのではないか」と発言したことを受け、両市間の公式交流を当面停止すると発表した。南京市外事弁公室のスポークスマンは「虐殺の史実を否定する(河村市長の)発言は、南京市民の感情を著しく害した」と非難した。
 河村市長の発言に対し、中国側が報復措置を発表したのは初めて。
 河村市長は20日、姉妹友好都市である南京市の共産党市委員会の常務委員ら訪日代表団の表敬訪問を受けたとき、「一般的な戦闘行為はあった」としながら、旧日本軍による虐殺を否定するような発言をした。訪日代表団はその後、「河村市長の言論は無責任であり、歴史をねじ曲げ、南京の人びとを尊重する気持ちが欠けている」とした。(2/22朝日新聞)

河村市長、南京発言撤回せず、重ねて「大虐殺無かった」
 名古屋市の河村たかし市長が「南京事件は無かったのではないか」と発言した問題で、中国・南京市政府が名古屋市との公の交流を当面停止すると発表したことを受け、河村市長は22日、記者会見を開き、「いわゆる大虐殺は無かったのではないか。発言は撤回しない」と持論を重ねた。
 河村市長は20日に表敬訪問を受けた南京市政府の幹部に対し、「南京事件は無かった」とした発言の真意について、この日の会見で「南京事件については、新たな研究成果も出ており、いろいろな意見がある。南京の皆様と討論会をしたいと申し上げたもの」と説明した。また、友好都市提携を結んでいる南京市に対し、「友好関係は不変で34年間重ねてきた交流を今後も継続したい」と関係の継続を求めた。南京市には交流停止の事実関係を確認したといい、今後、名古屋市側で対応を協議する。
 河村市長の発言を受け、中国の駐名古屋総領事館からも21日午後、口頭で市に抗議があった。中国側は、発言の内容に納得できない▽日中の政府レベルで研究が行われており、個人的経験に基づく発言は軽率▽正しい歴史認識を学ぶことを期待する――などの内容を電話で伝えてきたという。(2/22・朝日新聞)

河村市長の説明を拒否=南京事件否定で-中国大使館
 河村たかし名古屋市長が南京事件(1937年)を否定し、自ら南京を訪問して説明したいと述べたことについて、在日中国大使館の◆(登にオオザト)偉報道官(参事官)は23日の記者会見で「南京大虐殺は日本の軍国主義が犯した残虐な罪。動かせない証拠があり、疑う余地はない。議論の必要はないと思う」と述べ、市長の南京訪問を受け入れない考えを示した。
 また、名古屋市が河村市長の発言を「公式見解ではない」としている点に関し、報道官は「地方の市長という公職にあり、個人の見解とは言い切れない」と疑問を呈した。(2012/02/23-時事通信)

南京発言「全国人民が憤慨」=河村市長を痛烈批判-中国高官
 中国の国政助言機関・全国政治協商会議(政協)の趙啓正外事委員会主任は24日、外国・香港メディアなどの記者と懇談し、河村たかし名古屋市長が1937年の南京事件を否定する発言をしたことについて「南京人民だけでなく、全国人民が憤慨している」と指摘した。さらに「非常に非友好的で、現実を直視しないものだ」と痛烈に批判した。
 ただ「われわれは中日友好に自信を持っており、(日中国交正常化40周年での)一連の友好記念活動を通じて国民相互の友好感情が高まることを希望している」とも述べ、早期に問題を解決して外交問題化させない重要性を強調した。
 趙氏は、河村市長が終戦時に南京にいた父親の経験だけで「鉄のように確かな事実、鮮血の歴史を否定している」と非難。さらに「歴史を正しく認識することが中日関係の重要な基礎であり、両国国民の友好の前提だ」と強調した。 (2012/02/24-【北京時事】)

河村・名古屋市長:南京事件否定発言 政府見解異なる--外務報道官
 外務省の横井裕外務報道官は24日の記者会見で、河村たかし名古屋市長が南京事件を否定する発言をしたことについて「旧日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害、略奪行為があったことは否定できない」と述べ、政府見解とは異なるとの認識を示した。その上で、95年に村山富市首相(当時)が植民地支配と侵略を謝罪した「村山談話」を踏襲する日本政府の立場について「変更はない」と強調した。中国江蘇省・南京市が交流を一時停止する発表をしたことについては「地方自治体間で適切に処理、解決される問題」と述べ、政府として関与しない考えを示した。【西田進一郎】(2012年2月25日・毎日新聞)

日本の「名古屋市長」、あと何人?
 日本の名古屋市長による南京大虐殺の否定は、一見、その無知が問題視されているが、実際に露呈したのは戦後の日本における歴史教育の欠如である。歴史観をここまで欠いた教育を受けたものが政界に入り、市長にまでなれる、それは一体何を意味しているのだろうか。
 第二次世界大戦は、今や映画や小説、パソコンゲームの中の場面やストーリーに姿を変えるほど、遠い過去の出来事となっている。しかし、残酷非道な大虐殺という獣行や戦争を二度と繰り返さず、人々の心の中に平和の種を根付かせ、開花させ、実を結ばせるためには、完全、精確且つ深みを持った歴史教育が欠かせない。
 最近、タイで起こったある出来事によって、再び第二次大戦の歴史教育問題が話題となった。それは、バンコクに新しく作られた大型ショッピングセンターで、Tシャツ専門店がその商品にヒットラーをプリント、更に集客のため、店の前にヒットラーの塑像まで置いたのである。これには、多くの若者が興味を示し、みな次々に塑像前でナチスを真似て敬礼しながら写真を撮っていた。数日前、在タイ・イスラエル大使が偶然そこを通りかかり、その光景を目にするや否や、その店の店主とショッピングセンターの責任者に抗議した。結局店側はヒットラーの塑像撤去を余儀なくされたが、このイスラエル大使の行動は「理解に苦しむ」という感が残る。
 このような出来事は、タイでは初めてではなかった。去年、タイ北部のチェンマイで行われた運動会では、中学生たちがあろうことかナチスの衣装と腕章を身につけて出場した。その時、運動会を見に来ていた在チェンマイの数国の領事館外交スタッフは即座に抗議をしたが、その中にはドイツの領事も含まれていた。
ドイツ、イスラエル等の大使館は、ヒットラーの姿になぜこれほどまで警戒するのか。それは、彼らにとって、それが芸術や商業の「ギミック」ではなく、非常に深刻な政治問題だからである。ナチスの本質は人道に反するものであり、ファシズム主義はイコール戦争である。イスラエルはユダヤ人が災いを受けた経験から、この問題を非常に重視しており、ドイツ人の真面目さは、問題に対する反省と教育によるものである。ここで断言できるのは、タイに勤務するドイツの外交官たちが受けてきた教育と、名古屋市長が受けてきた教育はまったく別のものであるということである。彼らにとっては、ナチスやナチスに関わるいかなる「しるし」の起死回生を阻止することも、それが即ち、平和を守ることなのである。
 ヨーロッパ勤務の際、ドイツの小中学校の教科書や補助教材を調べたことがある。その中には大虐殺に関する詳しい説明があり、ナチス文書の転載も少なくない。ドイツの友人によれば、教師はよく学生自身に、歴史についての判断や分析をさせ、ファシズム思想の根幹を解析させることで、自身を歴史の一部として認識し、反省するよう指導するのだという。ドイツ人の歴史に対する深い認識は、このような歴史教育があってこそのものである。
 名古屋市長がどの程度の歴史的知識を持っているかを測る術はないが、南京大虐殺に対する認識から考えて、その歴史観も同等レベルのものであろう。我々の疑問は、この市長と同様の歴史観を持つ日本の政治家は、あとどのくらい存在するのかということである。これこそ、平和を愛するアジア人の心配の種である。
(丁剛・人民日報高級記者、2012年2月27日・「中国網日本語版/ChinaNet」) 

河村市長発言 なぜ素直に撤回しない
 名古屋市長は「南京事件はなかった」との発言を撤回せず、訪問団にも非礼ではなかったとの考えを、きのう述べた。率直な議論で「ノドのトゲを抜こう」と主張するが、その土台は一体あるのか。
 河村たかし市長は会見で「いわゆる南京事件はなかったのではないか」という発言が「南京大虐殺はなかったという持論を展開」と報道され、「南京では何もなかった」と誤解されたと釈明した。
 市長は「象徴的に三十万人とされるような組織的大虐殺はなかったとの趣旨」と説明。「友好団に面と向かって三十万人の大虐殺と申し上げるのは言葉がいかにも残虐なので、あえていわゆる南京事件と申し上げた」と釈明した。
 当初の発言は、市長が南京大虐殺はなかったと公にしたと受け止められる言葉である。報道により南京市民の誤解を招いたというのは、とんでもない責任転嫁だ。
 南京で虐殺がなかったという研究者はほとんどいない。日中歴史共同研究の日本側論文も「集団的、個別的な虐殺事件が発生し」と明記する。市長自身「非戦闘員の殺害はあっただろう」と認めており、日中で隔たりがある被害者数を問題にする意図であったのなら、そう明言すべきであった。
 市長は共同研究を「学者の個人的見解」と批判するが、国や政治レベルで埋まらぬ歴史認識の溝を、少しでも客観的に埋めようとの知恵であった。中国主張の「三十万人」を市長が真っ向から否定しては、南京市側は率直な議論のテーブルにはつけぬだろう。
 敏感な問題でも、政治家が主義主張を掲げるのは結構だ。だが、首長は政治家であるとともに自治体のリーダーでもある。歴史的な米中、日中国交正常化の扉を開いたピンポン外交の舞台である名古屋のトップの公式発言としては不適切だった。日中四十周年の記念すべき年に、友好都市が公の交流を停止し、記念行事や経済活動にも影を落とす。苦しい釈明ではなく、素直に撤回できないものか。
 昨年春、南京市の公園で日中の百人以上が友好の桜を植えた。南京出身で十五年以上も名古屋に住む韓金龍さんが中心となり、過去五年で千本余を植えた。韓さんは「手を携えて桜を守り、友情の証しにしたい」と話した。
 「公の交流停止」と言う南京市のシグナルを、敏感に受け止めてほしい。民の交流の根は深く、広い。民の交流を支えてこその市長であろう。(2012年2月28日・中日新聞社説)

南京 中日友好活動の開催は不透明
 名古屋市の河村たかし市長が27日午後、「いわゆる南京事件はなかったのではないか」との発言を撤回しなかったことを受け、南京市の学界は28日、再び反論した。一方、毎年3月に南京市内で開催される一連の中日友好活動が予定通り行われるかは、現時点では依然不透明だ。南京から名古屋へのツアーにもキャンセルの動きが出てきた。「中国新聞社」が伝えた。
 これに先立ち、名古屋市の河村たかし市長が南京大虐殺の史実を否定したことをかんがみ、南京市政府は名古屋市役所との行政交流を一時停止し、同決定は中国外交部の支持を得た。
 中国侵略旧日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館の朱成山・館長は27日、記念館はすでに抗議文を2回発表しており、さらに河村市長に対して「6つの質問」を記す、と述べた。「数字にこだわるのは、大虐殺を否定する意図がある」と指摘する「南京大虐殺史料集」張憲文・編集長(南京大教授)は27日、「1980年代初期から現在に至るまで毎回、南京大虐殺の史実に疑いを持つのは、いずれも日本の右翼が主導的に挑発したもの。よって我々は依然、史学研究を強化し、事実を示し、証拠を語り、日本国民に歴史の事実を明確にみていただく必要がある」と語った。
 南京では毎年3月、一連の中日友好活動が催される。今年の活動が予定通り開催されるかについて南京市外事弁公室担当者は、「正確な情報は未収」と述べた。記者が過去6年間、日本の友好団体を南京に招いて桜の植樹を行ってきた主催者に問い合わせたところ、「今年の活動が例年通りかは未確定で、話し合いを続けている」と主催者。
 また10年間にわたり訪中公演を続けてきた日本の「紫金草合唱団」は、同じく毎年3月に南京理工大で公演を披露しており、歌声で平和を祈ってきた。同大担当者も、「紫金草合唱団からの来校連絡はまだありません」と語っている。
 南京から名古屋に向かうツアーにはキャンセルの動きが出てきた。中国東方航空江蘇有限公司担当者によると、南京禄口国際空港-中部国際空港には現在どの航空会社も直行便を就航していない。東方航空は南京-東京、南京-大阪のみ運航しており、名古屋行きには乗り換えが必要という。「3月上旬のある観光ツアーがキャンセルとなりました。キャンセル率は5%前後です。これまでも東京線・大阪線はそれほど人気を集めておらず、平均搭乗率は50-60%でした。3月上旬の予約率は平年に比べ、若干下がりました」。
(編集HT、2012年2月29日・「人民網日本語版」)

SKE48の南京公演が延期に 市長発言への反発から南京のSKE公演取りやめ・・・虐殺否定で日本週間延期
 名古屋市の河村たかし市長による「南京大虐殺」否定発言に対する中国国内での批判の高まりを受け、
名古屋が拠点の人気アイドルグループ「SKE48」の公演を目玉に、9日から11日まで江蘇省南京市で
開催予定だった日中共催の文化イベント「南京ジャパンウイーク」の延期が1日、決まった。
 南京市人民対外友好協会とイベントを共催する上海の日本総領事館が「交流協会と協議した結果、
延期を決定した」と発表。事態の沈静化を待って開催を模索する姿勢だが、日中関係筋によると見通しは
立っていない。
 柔道の五輪金メダリストの山下泰裕氏を招き南京市で2日に予定されていた柔道の交流イベントの取り
やめも決まっており、南京市と姉妹都市の関係にある名古屋市の市長発言が、南京市での日中の交流
行事を次々と開催断念に追い込む異例の事態となった。
 ジャパンウイークは、SKEの公演のほか、日本語スピーチコンテスト、和服の試着イベントなどを計画。
今年秋に迎える日中国交正常化40周年を祝うとともに、東日本大震災に対する中国人の支援に感謝を示し、
日本の若者文化の魅力も発信したいとしていた。
 2007年以来、過去4回開催されており、南京市の関係者は「市長発言への反発で友好ムードが崩れる中、
文化交流を行うのは難しい。正常化40周年を迎える秋ごろに開催するのはどうだろうか」と語った。
 SKEは中国の若者にも知られており、南京でも期待が高まっていた。
( 2012年3月1日 18:05 共同通信)

名古屋市議 南京発言追及少なく/「支持」潜在共産以外は静観
 名古屋市の河村たかし市長の「南京大虐殺」を否定した発言が波紋を広げる中、市議会の本会議が二日、再開した。各会派の代表質問があったが、市長の見解をただしたのは共産だけ。自民と民主には「市長の問題提起を受け止め、誤った歴史認識を克服しよう」と支持する市議がおり、市長を追及しづらい事情がある。
 公明は「市長は誤解を解きたいと言っており様子を見たい」と静観。減税日本は「本会議で質問するとの発想がなかった」という。
 表敬訪問した中国・南京市の使節団に「いわゆる南京事件はなかったのではないか」と述べた河村市長の発言を「失礼だ」と受け止める市議は多い。民主の鵜飼春美市議ば五日の個人質問で発言を批判する考えだが「状況を悪化させたくないので、市長の答弁ば求めない」。本会議の質疑で混乱に拍車を掛けたくないとの思いがあるようだ。
 自民の若手市議は自身のホームページで南京問題を質問すると告知したが、市議団幹部の説得で断念。「本来なら質問すべきだが、党内事情もある」とこぽした。
 共産の鷲野恵子市議は二日の代表質問で「個人の特異な歴史観で事実とも政府見解とも異なる発言。産業にも悪影響を与える」と謝罪と撤回を求めた。
 河村市長は「三十万人もの非武装の市民を日本軍が大虐殺したことはない」との見解を繰り返しただけ。市議会での論戦による事態の沈静化は望めそうもない。(12.03.03 中日新聞)

南京発言で河村市長「政府見解とほぼ同じ」
 名古屋市の河村たかし市長が中国・南京市の友好使節団に「いわゆる南京事件はなかったのではないか」と述べた問題で、河村市長は5日の市議会本会議で、「発言は政府見解とほとんど同じ」との認識を初めて示した。
 政府見解は「公の文献などから総合的に判断すると、非戦闘員の殺害または略奪行為等があったのは否定できない」との立場。
共産の山口清明市議の質問に、河村市長は「私は30万人の非武装の市民に対する組織的な大虐殺はなかったのではないか、と申し上げた。政府見解を読むと、僕の言っとることとほとんど同じだ」と答えた。
 「政府見解を認めるのか」との再質問に対し、河村市長は「『30万人の虐殺はなかった』という部分が政府見解には入っていないが、この文脈からすれば同じ趣旨ではないかと思う。厳密には分からない」と説明した。(12.03,06 中日新聞)

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<抗議文、要請書>

=日中友好協会愛知県連合会=

2012年2月24日
名古屋市長 河村たかし殿

日中友好協会愛知県連合会 
会長  石 川 賢 作

抗 議 文
     

市長はこれまで、国会議員時代から一貫して、南京大虐殺の事実について否定し、名古屋市長になってからも、同様の発言をくりかえしてきた。
今回もまた、中国共産党の代表団に対して、南京大虐殺否定の発言をし、すでに大きな国際問題になっている。このような失態の基礎にある市長の歴史認識の主な問題点は以下のようなものである。
① 当時南京市の人口は30万人もいなかった、だから30万人も虐殺できるはずはない・・。これはまったく歴史の基礎をわきまえないものであって、南京特別市は近郊6県を含み、中心の南京城区は100万人、全体の人口は150万人を越えるものだった。この地域全体が南京攻略戦の戦場になり、南京事件はこの範囲で発生した。南京近郊の農村地帯でも人びとは状況が分からず、土地と作物と家畜を守るためにとどまり、そこでも多くの略奪と婦女暴行が行なわれた。
② 市長は、大虐殺がなかったということの根拠として自分の父親が、敗戦後、南京付近で中国人に温かくしてもらった。ラーメンの作り方も教えてもらった。だから、8年前に虐殺行為などあったはずはない、という。敗戦後に温かくしてもらったから、過去に残虐行為はなかった、というのは、中国東北部で少年時代を過ごした私個人の経験からしてもなりたたないものである。日本の敗戦後、中国は15年を越える侵略戦争の怨念を越えて、100万を越える日本人を日本に帰国させ、国家としての賠償も放棄した。過去の恨みを抑えて日本人に対応したのである。
③ 市長は南京での虐殺は「通常の戦闘行為」であると主張しているが、大虐殺、略奪、婦女暴行の事実は、当時から英米、さらには同盟国ドイツの人びとからさえ世界に発信され、知らないのは日本国民だけであった。この事実については、旧日本軍の上級将校の団体「偕行社」の出版物でさえ、多数の捕虜を銃殺や刺殺により「処分」したことを記しており、また市長が口にした「戦闘詳報」でも捕虜の虐殺が明記されている。 これらの証拠は、「目撃者がいなかったことが決定的」という市長の大虐殺否定論が根本的に破綻していることを示している。
④ 日中両国政府の企画である「日中歴史共同研究」でも、日本側は「南京大虐殺」について、犠牲者数については中国側との違いはあるとしながらも、「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣隊、および一部の市民に対して、集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」と認めている。市長発言はこれすらも否定することになる。
こうした中で、河村市長が中国側との「討論」を呼びかけてみても、その前提としての相互信頼関係が崩れ去っている。 
南京市は21日、名古屋市との交流を停止すると発表した。これは南京市と名古屋市との関係にとどまらず、その悪影響は広範囲に及び、改善には長い時間に渉る新しい努力を必要とし、これまで、われわれが営々として築いてきた民間交流の成果にも深刻な影響をもたらし、当地方と中国の深い経済関係にも悪影響を及ぼし、ひいては日中両国関係にも暗い影を落とすことになろう。今年は日中国交回復40周年の記念すべき年であり、歴史を鑑に長い友好関係を打ち固めるべき年である。
公人としての市長の誤った歴史認識と不用意な発言が名古屋と南京の両都市関係を超えて大きな問題を引き起こしたこと、またそれが長年にわたる発言の継続であることを、われわれは深刻な問題と考え、市長の今回の一連の発言に強く抗議するとともに、これらの発言を直ちに撤回するよう強く求めるものである。

=不戦へのネットワーク=

「南京発言」に対する要請書

名古屋市長  河村 たかし様

 私たちは、「不戦へのネットワーク」という、反戦・平和活動をする市民グループです。1997年の「南京大虐殺60ヵ年」以来、毎年、南京事件の幸存者の方々を名古屋にお呼びし、その証言を聞く集会に協力し参加してきました。中国との友好と信頼を築くことを願う人々にとっては決して忘れてはならない大事件だと考えてきたからです。河村市長の「南京事件はなかった。」という発言は、決して看過できないことです。ドイツでは、「ホロコースト」を否認することを罰する法律が制定されています。市長発言は、それと同等の発言であり、名古屋市民を代表する市長として決して許される発言ではありません。私たちは、一日でも早く発言の撤回と南京市民への謝罪を求め、以下を要請いたします。
 今年が、日中国交正常化40周年の年であり、南京大虐殺から75年にあたる重要な年であることを知りながらの発言であるならば、中国を怒らせるための政治的な発言と言わざるを得ず、知らなかったというならば市長としてあまりにも無知といわざるを得ません。そして、交流友好年として、わざわざ南京市から訪問された南京市委員会の方々に対し非礼発言であったという自覚がないといわざるを得ません。
 歴史認識をめぐる討論会を求めると呼びかけていますが、「歴史的大犯罪を否定する人物」と被害者側が「話し合う」などということがあるでしょうか。「歴史認識」を教科書の中だけでしか考えていないのではないでしょうか。中国政府にとって存立と正当性に関わる認識であり、一般の中国人にとっては苦難の記憶にかかわる認識であると考えられたことはおありでしょうか。
 市長の「南京事件はなかった」発言の根拠は、「自分の父親が敗戦後に南京の住民からもてなしを受けた。事件があったなら日本人にやさしくできない」ということですが、当時の国民党政府は、捕虜になった一般の日本兵の虐待を禁じ、人道主義に基づき捕虜を優遇し食糧などを提供した、これが歴史的事実です。
 責任者である上海派遣軍司令官・松井石根大将は、南京大虐殺の責任を問われ、A級戦犯として処刑されていることは市長もご存知のはずです。
 市長の発言は、中国、とりわけ南京事件にかかわる多くの人たちの名誉を傷つけました。また、長年築き上げて日中の友好と交流、また姉妹都市として交流と友好関係を持ってきた名古屋市民と南京市民の間にも深い傷をつけました。そればかりか、外交問題にまで発展し、民間交流も阻害されるという各方面での多大な影響を与えています。
 市長には、今一度、南京事件も含めアジア太平洋戦争でアジア諸国で皇軍が何を行なったのかを学習し、歴史認識を改め、一日も早い発言の撤回を南京市民への謝罪をする以外に選択の余地はないと考えます。
 何度も名古屋を訪問されたことのある、南京虐殺記念館の朱成山館長の抗議には、「中国を侵略した日本軍の南京での大虐殺は、極東国際軍事裁判の判決でも確認され、史実に基づいた大量の証拠が存在する。この史実を否定することは、大虐殺を生き残った人々の苦難をも否定することだ。個人的経験に基づいて、歴史を主観的に憶測することは、極めて無責任で不謹慎だ」と表明しています。
 市長に勇気があるならば、国交正常化の今年、ぜひ記念館に行き、朱官長や幸存者の方々の話を真摯に聞き、歴史的な事実を自身の目で確かめてください。まずは、一日でも早い発言の撤回と謝罪を行なうことを重ねて要請します。

不戦へのネットワーク
名古屋市昭和区鶴舞1-8-10 労文センター201
代表 水田 洋

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