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2012.8.21⇒

『道-白磁の人-~ 日韓の懸け橋となった浅川巧を描いた映画

映画「道~白磁の人」ポスターtirasiomote_1 映画「道~白磁の人」ポスターtirasiomote_2

日韓共同の制作、「浅川巧」その知られざる生涯を、高橋伴明監督が重厚なタッチでつづる。撮影だけでなく、VFX加工や編集・音楽などのポストプロダクションもすべて韓国で行なわれた。俳優は浅川役に吉沢悠、浅川と親交を深めた韓国人青年役ぬチョンリムにぺ・スビン。他に大勢の日韓の俳優が出演、高橋伴明監督が15年前から温めていた素材で、映画上映は日韓双方とも2012年6月から。

大正時代、日本による植民地統治下にあった朝鮮半島に渡り、森林緑化、美術・工芸品の保護、学校建設などに私財を投げ打ち貢献し、民族間で争いあう中でも信念を貫いて生きた実在の青年・浅川巧の半生を描いたドラマ。
1914年、朝鮮総督府の林業試験場で働くことになった23歳の浅川は、京城(現ソウル)に渡り、そこで出合った朝鮮の工芸品・白磁の美しさに強くひかれる。職場では同僚のチョンリムから朝鮮語を習い始め、研究に没頭。チョンリムとも友情を育んでいくが、その一方で、朝鮮の地で横暴に振る舞う日本人の現実を知る。
映画ホームページ http://hakujinohito.com/index.html

<浅川 巧 ~朝鮮を愛し、愛された日本人>
韓国の首都ソウル郊外の共同墓地に眠っている。当時の朝鮮半島は、日本による植民地統治のもと、朝鮮の人たちへの蔑視や差別が当然のように行われていた。そんな社会情勢の中、彼は自らの意志で朝鮮の国と文化と人々を理解しようとし、そして、心から愛しました。墓の碑文には、ハングルで「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」と刻まれています。
浅川巧は、林業技手として働く傍ら、これまで評価されてこなかった、朝鮮古来からの民衆の工芸品(民芸)の美に惹かれ、その研究に没頭し、著書『朝鮮の膳』『朝鮮陶磁名考』を執筆。壊されていく朝鮮文化の保存の必要性を強く感じた浅川巧と兄・浅川伯教、柳宗悦の3人は、朝鮮民族のための美術館を設立に奔走、豊かとはいえない生活費の中からさまざまな工芸品を買い集め、1924年、ソウルの景福宮内に「朝鮮民族美術館」を開館させます(収集品は今国立民芸博物館に継承されている)。この美術館の名前に“民族”という文字を入れたのは、日本の同化政策に抵抗する彼らの思いが込められている。
山梨県北杜市 浅川伯教・巧兄弟資料館
http://www.city.hokuto.yamanashi.jp/komoku/manabu_asobu/bunkazai_geijyutsu/1306277272-47.html

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