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2015.3.11⇒

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「平和」の概念の変化

 「積極的平和主義」の言葉の意味がよくわからなかったのだが、「平和」の概念がどう変わってきたかを考えているうちに、遅ればせながら掴めたような気がしてきた。
 アジア太平洋戦争が敗戦に終わり、人々はもう二度と軍国主義の世の中は厭だと思うようになって、戦争を放棄する新しい憲法を歓迎した。このときの「平和」は非武装であり、軍事力を保持しないことであっ た。軍事力に一切頼らず、問題があれば交渉と話し合いによって解決の道を探るという、人類の理想を求めようとしたのである。
 すると必ず、国内で暴動が起きたらどのように鎮圧するのか、国外から敵が攻めてきたときどのように国を守るのかという議論が起こる。国には軍隊という組織が必要であり、それが治安を保ち国民の安寧な生活を守るというわけである。その結果として、 一九五〇年に警察力を強化するという名目で警察予備隊が発足し、それが五二年のサンフランシスコ講和条約を契機に保安隊に改変され、五四年に防衛力の増強を目指して自衛隊になった。ここで「平和」の概念が、「非軍事」から「防衛目的なら軍事も可」と大きく変化したのである。そして、事実上の軍隊が存在することを「平和」、の名で許容することになったのだ。
 しかし、多くの人々の意識としては「平和=非軍事」であり、日本は軍事力に頼らないで紛争を解決する平和路線を貫徹してき た。憲法が持っていた非武装の精神は自衛隊の存在で否定されたのだが、それは例外的な場合だから仕方がないと思っていたのだ。

 ところが、二〇〇八年に宇宙基本法ができて宇宙開発の目的に「安全保障に資する」という言葉が入り、そこではっきりと「平和」の概念が「非軍事」から「非侵略」へと切り替わることになった。わざわざ「非侵略」と言わねばならないのは、自衛隊の軍備が増強され、防衛目的の枠を超えて他国を侵略できるほどに肥大したことを意味する。
 そして、よく使われるようっになった言葉が「安全保障」で、外部 からの一方的な侵略を想定し、軍事力によって自国の安全を保障するのは当然となったのだ。今、安全・安心な社会システムの実現を「総合的な安全保障」と言い換えて流布させているように、「安全保障」という言葉が巷に溢れるようになっ た。それによって、自然のうちに軍事力を強めていくことを認める雰囲気をつくり出しているのは明らかだろう。

 つまり、「平和」という言葉は、「非軍事」であったのに「防衛目的」となって軍事力を容認し、「非侵略」だから別に問題はなく、国としての「安全保障」に努めねばならない、というふうに変遷してきたのである。現在は、もっぱら「安全保障」が「平和」を代行する言葉になってしまった。「積極的平和主義」とは「積極的に国家の安全保障に励むこと」を意味し、そのためには特定秘密保護法を策定し、武器輸出三原則を換骨奪胎して防衛装備移転三原則へと変更し、集団的自衛権の行使で他国を攻撃できることなのだ。やがて「平和のための先制攻撃」となるのであろうか。
 こうして「平和」という言葉の使われ方の変遷をたどっていくと、ずいぶん元の意味から遠ざかってしまったことがわかる。私たちは言葉の内実をしっかり見極めていないと、大きな落とし穴に嵌まってしまうのではないだろうか。

池内了 総合研究大学院大名誉教授 /2015.3.11 中日新聞~時のおもり~

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