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2015.4.16⇒

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「アジア平和文化交流の会・韓国」発足5周年プレ記念行事
~いまアジアの声を聞く~
中国・韓国・日本3国 済州島平和交流の旅
期日:2015年7月10日~13日 4日間

 昨年11月の『アジア太平洋・平和文化フォーラム、発足3周年記念の集い~いまアジアの声を聞く~』で心のこもった意義深い交流ができ、「このような“集い”を次回は韓国・済州島で」と皆さんで決めました。そして、7月11日を中心に下記のような日程で集うことになりました。
 今年は戦後70年にあたります。「歴史に学ぶこと」の大切さが改めて提議されています。
済州島は、韓国ドラマ「チャングムの誓い」で知られるかっての流刑地でした。日本統治時代は、中国侵攻への重要な後方基地であり、大戦末期には沖縄・宮古島とともに連合軍との本土決戦支援基地となりました。そして、戦後の半島の南北分割統治に激しく抵抗し、大量の虐殺者の出た「4・3抗争、悲劇の島」と言われています。日本のアジア侵略や戦後を振り返ることのできる歴史的な島です。
 この島にある民間の「済州島平和博物館」や苦難の歴史を持つ島の人々を交えた“集い”は、「歴史に学ぶ」とても有意義な体験になるでしょう。

<済州島の抵抗と戦争、平和史跡>

アルトル飛行場跡 済州島旧日本軍松獄山洞窟 済州平和博物館2
アルトル飛行場跡     松嶽山海洋発信基地壕跡        済州島平和博物館

 済州島は日本の大陸侵略の拠点とされ、南東部の海軍航空基地からは南京への爆撃もおこなわれた。アジア太平洋戦争末期には、済州島は沖縄戦に続く戦闘地域として想定され、米軍の上陸を前提に島全体の要塞化がすすめられた。壕掘削のために多数の朝鮮人兵士や住民が強制動員された。1945年7月には漢拏山北東の御乗生岳、拒文岳、三義譲岳、タンオルムなどに司令部がおかれ、済州島の日本軍は7万人にも及んだ。 
 日本軍基地があったカマオルム洞窟(現在の平和博物館の一部)から10キロほど南の海軍航空基地跡地(旧アルトル飛行場)には針金の日本軍機の模型がおかれ、その周辺には10数個の飛行機用掩体壕が残されている。戦争末期には対米戦の前線基地として整備され、近くのソダルオルムには高角砲がおかれ地下壕も掘削された。さらに松岳山の海岸に沿って特攻艇震洋のための壕も掘られた。14本ほどの壕が現存している。軍事基地の拡張や地下施設工事は朝鮮住民の強制労働をともなった。また、この飛行場の地下弾薬庫跡は、朝鮮戦争の最中「済州4・3抗争」といわれる南北分断に抵抗した島民の大量虐殺のあった場所でもある。

*下記の名古屋発着以外に、「現地参加」のパターンもあります。
 お問い合わせください。  

申込み・問合せは、コンタクト欄から



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