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2015.5.04⇒

[PEACEパッチ]

平和といのちと人権を!「5・3憲法集会」
宣 言

私たちは、
「平和」と「いのちの尊厳」を基本に、日本国憲法を守り、生かします
集団的自衛権の行使に反対し、戦争のための全ての法制度に反対します
脱原発社会を求めます
平等な社会を希求し、貧困 ・ 格差の是正を求めます
人権をまもり、差別を許さず、多文化共生の社会を求めます

私たちは、これらの実現に向けて、全力でとりくみます
いま、憲法は戦後最大の危機の中にあります
全国に、そして全ての国々に、連帯の輪を広げて、ともにがんばりましよう

2015/5/2 沖縄タイムズ

【憲法特集】
 戦後70年、日本国憲法が岐路に立たされています。安倍晋三首相は来年夏の参院選後の憲法改正に意欲を示し、第1段階の緊急事態条項や環境権の新設を足掛かりに、9条改正も視野に入れていると指摘されています。3日の憲法記念日を前に、2人の論客に憲法と民主主義の行方について聞きました。

なぜ改憲? 説得力欠く 木村首都大准教授
*首相が憲法に正統性がないと感じるなら、選挙に出るべきではない
*世界中の平和を全部引き受ける資源や実力を日本は持っていない
*選挙で勝った内閣は何でも決められる―が安倍首相の憲法観
 
 憲法とは、私たちがこういう国家をつくりたい、という目標や理念を実現するための具体的な制度を定めたものです。
 本来、憲法改正は国民の間で今の憲法のこの条項を変えたい、という気持ちや理念が広く共有されて出来上がっていくものです。今の状況で(国民に)そういう気持ちがあるのかというと、到底ないと思います。

 安倍晋三首相は改憲に意欲的だと言われますが、なぜ改憲が必要なのか理由が分かりません。どんな人たちがこういう改正をしてほしいという声があるのだと丁寧に説明できなければ、説得力はなく、今の状況では個人の趣味で言っているだけにしか聞こえません。
 「押しつけ憲法」との指摘がありますが、果たしてそうでしょうか。今の憲法は、日本の国家体制を明治憲法の時よりもっと民主主義的にしろという連合国総司令部(GHQ)からの要求を日本側が自発的にのんでそれに基づいてつくられたものです。GHQが提案したものに対して日本側も要望を入れて、二つの主体が交渉してつくったものです。
 日本国憲法に正統性がないとするなら、1952年のサンフランシスコ講和条約発効で日本が独立を果たした時、今の憲法を破棄するという選択もあったはずです。でもそうはしていません。むしろ、その憲法に従って選挙をしたり天皇陛下が在位しています。
 もし安倍首相が日本国憲法に正統性がないと感じるのなら選挙には出るべきではないし、首相を任命する天皇陛下に対し、(今の)天皇には正統性はないと言わなければいけません。でも、そこまでの覚悟は感じられないし、そうした主張はまったくしていません。
 いわば、おいしく食べているものを、これは押し売りされたものだと言っているような状況です。押し売りされたと言っている割には随分おいしく食べているなという感じがします。

9条前提に貢献
 改憲派の皆さんが改正が必要だとして真っ先に挙げるのが9条です。
 9条が果たしてきた役割を端的に言うと、外国に地上軍を派遣したり空爆をしたりすることがなかったということです。9条があることで、日本は国際貢献を求められる場面で、例えばインフラ整備や技術協力など、武力行使によらない方法をいろいろ工夫する必要がありました。

 9条改正論の主張には二つの流れがあります。一つは日本の安全のために改正が必要だという議論です。もう一つは世界平和に貢献するために必要だというものです。この二つを混同することは間違っています。
 まず、日本のためにという点です。日本の防衛という点では9条は何も拘束していません。自衛隊や日米安保も9条の下でそれと矛盾なく存在できるわけですから、それを改正する必要性はありません。
 もう一つは、(今の憲法では)外国に軍隊を送れないということですから、国際紛争があった時に武力行使をして、(同盟国から)あいつをやっつけてくれという声には応えることができないというのが今の憲法の制約です。

 ただ、冷静に考える必要があります。日本は大国ではありますが、世界中の平和をぜんぶ責任を引き受ける資源や実力は持っていないわけです。ですから、どんなに外国で困っている人がいて、あいつをやっつけてくれという声があっても、その全てに応えることはできないわけです。
 その状況でどうするかということです。場当たり的に選択的に紛争に介入していくという方法と、全てにおいて介入しないという方法があります。すべてに介入しない方法の方が日本独自の国際貢献というものができるはずで、9条を前提とした国際貢献の可能性をもっと考えるべきだと思います。
 仮に9条を改正して海外で武力行使ができるようにするには自衛隊装備の大幅な増強が必要になります。そのためには年間数兆円の予算が必要になってきます。数兆円かけてイージス艦をもう1隻増やすのか、あるいはそのお金で難民支援するのか。どっちが国際貢献になるのかを考えてみれば、答えは一目瞭然です。

論理弱い賛成派
 安倍政権が進めている安全保障法制論議について考えてみます。官邸からいろんな情報がたくさん流されていますが、大事なことは、自衛隊を軍事活動のために海外に送ることをどういう基準で認めるべきなのか、あるいは認めないべきなのかという議論だということです。
 この論点では(安保法制に)反対派の関心の弱さよりも、賛成派の論理の弱さの方が目立ちます。外国での戦闘行為を援助するわけですから、当然そこでは殺される人もいるし、日本がその一員として恨みも買うこともある。自衛隊員は危険な任務にさらされることになります。それがリアルな状況です。
 その時に自分たちがやったことにどれだけリアリティーが持てるか、どれだけ責任感を持てるかが日本国民全体に問われています。責任感を持てないようであれば、その政策はやめるべきです。今のままでは、自衛隊員が死んでも、現地の人が死んだとしても、遠い外国で起こった事故ぐらいのことにしか多分受け止められないのではないかと思います。

 安倍首相の憲法観を知るには、昨年7月の集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定の解釈をめぐる対応を見ればはっきり分かります。
 閣議決定の文言自体は、日本と外国が同時に攻撃を受けている時に反撃できるという趣旨の文言なので、個別的自衛権の再確認をしたとも読めます。そう読むのが自然な文言になっています。
 だが、安倍首相は必ずしもそう解釈はしていない。場合によっては日本が攻撃されていなくても機雷掃海はできるとか、ミサイルの撃墜もできると言います。その一方でイラク戦争やアフガン戦争には参加はできないとも強調しています。イラク戦争の状況で機雷がまかれた場合はどうなるかと問われれば、矛盾した発言になる。
 閣議決定の文言に対する首相の解釈は極めて曖昧で不正確な状況です。そこにある種の憲法観が表れています。文言なんてどうでもいい、自分たちで決めた閣議決定も含めて憲法の文言なんかは関係ないのだと。内閣あるいは選挙で選ばれた人たちが判断をして、それで審判を受ければいいのだというタイプの憲法観です。

憲法使い阻止へ
 こうした安倍首相の憲法観は名護市辺野古での新基地建設問題での対応にも反映されています。
 いくら地元が反対しても、その声には耳を貸さない。選挙で勝った内閣は国民からの白紙委任を受けて何でも決めることができると思っています。それが安倍首相の憲法観だからです。
 辺野古新基地問題では、安倍政権が地元の同意が必要のない事項だと認識していることが最大の論点だと思います。沖縄側はその点をはっきり否定して、法制度的に、これは地元の同意が必要な事項なんですよということを突き付けていくことが大切です。内閣と米国が基地を辺野古に移したいと決めたが、それが国民代表である国会の承認が得られているのかということを厳しく問いかけるべきです。
 私が提起した辺野古基地設置法を議員立法で提案する動きも出ています。それがちゃんと提案できた場合、国会が否決すると国会としては辺野古に造るなという意味になります。そういう事実を持って内閣に対し、国会が否決をしたではないかと沖縄県側は言いやすくなります。
 逆に可決してくれれば、憲法95条の住民投票になります。それなら沖縄に決めさせてもらいますとなります。そこで否決されれば法律は成立しないのですから、移設は否決されたということになります。
 制度的に沖縄県の同意が必要な事項だということをもっと理論武装して発信していく必要があります。新基地建設反対が正しいことだと確信を持つためには憲法に基づいた理念と理論で武装しないといけません。それが憲法を使うということなのです。(聞き手=編集局社会部長・稲嶺幸弘)
  **1980年横浜市生まれ。憲法学者。東京大学法学部卒業。同大助手を経て、2006年から首都大学東京准教授。研究テーマは思想・良心の自由、平等原則。主な著書に「憲法の想像力」など多数。本紙で「憲法の新手」(第1、第3日曜3面)を連載中。

平和な社会 9条が要に 中野上智大教授
*憲法は国家権力にたがをはめ、よりよい社会への理想を掲げたもの
*安倍首相の改憲の狙いは9条。人権や教育への弾圧が始まっている
*国民への政府の基本的考え方は沖縄に現れている。連帯強め抵抗を

 憲法は戦後の民主主義にとって最大にして最後のとりでです。憲法や立憲主義とは、人類が国家権力にたがをはめて、人の尊厳が守られるよりよい社会をつくる理想を掲げたものです。「押しつけ憲法」との論もありますが、成立経緯で日本人が関わらなかったということはなく、洋服と一緒で、自分のものとして着こなしてきた。押しつけとは、そう感じた人、戦前、戦中の日本の形が良かったと思う人たちがうめき声をあげているだけで、国民が共有する必要はありません。

 憲法がうたう理想は常に未完のものです。過去に人類が繰り返してきた戦争や搾取、人権抑圧、それらを未来に残さないという、我々の世界史的な役割を積極的に意識することが重要です。

 安倍晋三首相は、来年の参院選後の「改憲」に意欲を示していますが、方向は「壊憲」というべきで、手法と中身はでたらめです。憲法は、国家権力を縛るためにあるという立憲主義を守らないといけないところまできています。

 集団的自衛権行使についても、正規の改正手続きをとらず、解釈改憲ですませました。この手法は裏口入学のように粗暴で、改憲論者の学者や本来の意味での保守の人からも批判が出ています。一国の憲法をこんなに粗末に扱うと、この先、この国はどうなっていくのかと懸念され、信用されません。国際社会で一定の地位を保つということからも、およそやってはいけないことなのです。

 中身では、自民党の憲法改正草案がありますが、およそ憲法とは呼べない代物になっています。立憲主義にのっとっていなければ憲法とはいえませんが、この大前提から壊れています。公益や公の秩序の許す範囲でしか権利を認めないと書いてみたり、奴隷を禁じる条項を削るなど、憲法のあり方の基本が理解できておらず、あるいは意図的に無視していると思います。

「選挙独裁」の今
 憲法学者からは明治憲法より質が悪いとの指摘があります。明治憲法は、当時の最先端であるプロイセンの憲法に学び、国の英知を結集して作りました。立憲主義は終わりのないプロジェクトで、人類は試行錯誤を続けていますが、自民党草案は明治の英知が作ったことさえできていません。

 改憲の狙いは9条ですが、9条こそ憲法の中心なのです。戦争せず、平和であるからこそ、人権の順守や学問の自由があり、教育もできます。戦争ができる国にすると、それらの部分の弾圧が必ず始まり、すでに始まっているといえます。解釈改憲で憲法を空洞化させておいて、憲法は実態に合わないですねとの論法で、ほかの条項も変えないといけないといい、破壊が次々に進むことになります。そういう危ない状況です。逆にいうと、いかに9条が憲法の要であるかということを示しています。

 「選挙独裁」という言葉が英国の政治をもとにできました。小選挙区制度をベースにすると、過半数の得票がなくても圧倒的な議席を獲得でき、個々の政策が支持されていなくても、支持されたものと政権が勝手に解釈して進めることを指しています。
 選挙での自民党の支持は16~18%しかありませんが、圧倒的な議席を得ました。選挙時には争点隠しをした集団的自衛権行使についても、選挙後は信任されたと開きなおりました。支持されたものとして集団的自衛権行使を含む安保法制を進めるのは、国民をだまし討ちにするものです。現政権は民主主義の制度としてではなく、支配するためのゲームとして選挙にアプローチしており、まさに選挙独裁です。

 安倍首相の特徴は、「日本を取り戻す」という選挙スローガンが典型的ですが、被害者意識が強く、何かを取り戻さないといけないという強迫観念みたいなものがあります。
 首相にとっては第1次政権の失敗が直近の被害体験です。やり残したことをやりたい、積み残したことをやらないといけないとの思いが強く、集団的自衛権もそういう面があります。
 米国が要請してきたということはあっても、日本の集団的自衛権の行使が、米国にとって今、火急なものかというと、そんな感じもありません。小泉政権時、米国はイラクやアフガニスタンで戦争をやっている状況で、日本に行使を求めました。小泉政権はできませんでしたが、安倍さんは当時、やりたかった。その積み残しを今実現しようとしていると考えられます。

周回遅れの発想
 歴史修正主義も被害者意識に基づいています。小泉さんは靖国参拝を毎年繰り返し、中国や韓国との関係を壊しましたが、関係が壊れても日米関係さえ良ければあとは何でもついてくるといっていました。
 当時の米国のブッシュ政権は、日本が軍事的貢献ができるようになるのであれば、歴史修正主義的な動きには目をつぶっていました。安倍首相は、今もそうだろうと、周回遅れの発想のまま歴史修正主義にまい進しているようにみえます。

 米国は、イラク戦争の失敗や国力の低下、権威の失墜を踏まえ、単独行動主義を改めました。この間、中国が台頭しましたが、米国は中国を警戒はしても、経済パートナーとして、日本よりも重要な国とみなしています。米国はむしろ、日本が中国や韓国をいたずらに挑発して、無用な緊張を北東アジアでかもし出すことを苦々しく思うようになっています。
 米国にとって、中国を挑発するような集団的自衛権よりも、TPPをのませるといったことが優先度としては高いでしょう。安倍首相は集団的自衛権をやる、TPPもやる、中国が主導するアジアのインフラ投資銀行AIIBに入らないなどと、米国にごまをすって、中国、韓国が反発する歴史の書き換えを進めているように思えます。米国は変わり、かつてのように目をつぶってはくれないことに気付いていないのかもしれません。

 歴史修正主義は、戦後のサンフランシスコ講和条約体制に対する直接の挑戦という側面があり、米国の議会、ホワイトハウスの中でも安倍政権に対し強い口調の批判も出るようになっています。歴史問題で、安倍政権は米国からはしごをはずされる可能性があると思います。

 集団的自衛権や安保法制の議論で公明党がブレーキ役になっているという見方があります。手法としては、ハリウッド映画であるようなグッドコップ(良い警官)、バッドコップ(悪い警官)の役割分担で、へたな漫才をみせているといえます。政策を進めるための演出の一部です。
 ここまでやりたいと自民党がいえば、公明党が登場してトーンダウンさせて、さも危なくないものになったという形にみせる。安保法制の与党協議で、多くの国民は集団的自衛権の行使に際し、公明党が頑張って国会の事前承認が必要になったと、誤解しているかもしれません。実際はそういうことになっていません。政府、与党は国民の印象操作を確信犯的にやっているとしか思えないのです。

知性使い思考を
 これからの安保法制の議論では、そもそも論を忘れてはいけません。歴代の内閣は憲法の歯止めがあって集団的自衛権行使にはノーといってきました。イラク戦争の時に、集団的自衛権の行使が認められていたら、日本はどうなっていたか。我々が知性を使って考えることが何より大事だと思います。

 政府は印象操作で「この道しかない」と言いますが、普通の知性をもって考えれば、この道しかないはずはないと分かります。おかしいと思ったら、その理由にこだわり、突き詰め続けるしかないと思います。

 沖縄の基地問題についても政府は、威圧することで県民に無力感を持たせ、抵抗できない気分にしようとしています。人権や平等、地方自治など、憲法に照らしても、沖縄の過重負担の現実や政府の手法は許されません。米国など国際社会に、この現実が許されないものだと訴えて行く必要があります。

 政府の国民に対する基本的な考え方は、沖縄に現れていることを直視し、県外の人はひとごとではないと理解すべきでしょう。同じ憲法下に生きる者として、根気強く沖縄との連帯を強め、抵抗していかないといけません。(聞き手=東京支社報道部長・宮城栄作)
  **1970年東京生まれ。政治学(日本政治、比較政治、政治思想)。東京大学(哲学)、英国オックスフォード大学(哲学・政治学)の両校を卒業した後、米国プリンストン大学で政治学の博士号を取得。99年から上智大学で教鞭をとっており、2011年10月に教授となった。


2015/5/2 中国新聞

あす憲法記念日 平和主義の原点 今こそ

 戦後70年、まさに日本は大きな転換期を迎えていよう。世界の情勢が変わり、国際社会での立ち位置が問い直されている。内にあっては社会のさまざまなひずみが是正されないまま繁栄の夢を再び追いかけようとしているように映る。
 その中で私たちがよって立つべきは何か。戦争で国土が焦土と化し、幾多の命を失った経験から生まれた日本国憲法であることに変わりはあるまい。

理念見つめ直せ
 あすは68回目の憲法記念日である。現実の政治課題として国会における憲法改正の動きが加速しようとしている段階だからこそ、原点である憲法の理念を見つめ直したい。
 とりわけ議論を尽くしたいのは国民主権、基本的人権の尊重とともに最も重んじるべき平和主義を、本当の意味で貫いていけるかどうかであろう。
 政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることがないように―。憲法の前文から読み解くと、平和を強く渇望していた国民の願いが結実したものであることをあらためて教えられる。その上に武力行使を放棄し、戦力を保持しないとした9条1項と2項がある。
 しかし現在の政治状況はどうなのか。その理想を強引に解釈によって変えていく動きが集団的自衛権の行使容認であり、国会提出が連休明けに迫った安全保障関連法案であろう。日米両政府が合意したばかりの新しい日米防衛協力指針(ガイドライン)と、密接にリンクしていることは言うまでもない。
 こうした前のめりな動きが本来の立憲主義とそぐうものなのか。強い疑問を抱く。

▽なし崩しの拡大
 むろん戦後の自衛隊の歩みが9条に即していたかどうかは激論があった。少なくとも今は国民の大多数に支持され、災害派遣も含めて頼れる存在になっていよう。
 とはいえ、その行動に関しては常に憲法との整合性が問われてきたのも事実である。専守防衛を掲げつつ、海外派遣がどこまで許されるのか。その議論の転機が1991年の掃海艇のペルシャ湾派遣であり、あるいは翌年にできた国連平和維持活動(PKO)協力法であったのは間違いない。
 なし崩しともいえる活動拡大との批判も強い中で、わが国が誇るべきは平和憲法の下で他国の戦争に巻き込まれず、自衛隊から一人の「戦死者」も出さなかったことだ。日米安保体制に組み込まれながらも時に米国と一線を画してきたことが、中東などにおける日本の存在感につながってきた意味は重い。
 集団的自衛権の行使に加え、日米同盟強化の名のもとに後方支援とはいえ地球の裏側にまで米軍への協力範囲を拡大するならば、これまで以上に9条との乖離(かいり)が顕著になろう。
 「戦争に巻き込まれるという批判の荒唐無稽は、70年の歴史が証明している」。安倍晋三首相が今春の防衛大の卒業訓示で述べた言葉である。本当にそうなのか。後方支援も「敵」から見れば軍事作戦の一端にほかならない。交戦状態に巻き込まれて相手を傷つけ、傷つけられる。最悪の場合には命まで落とす。そのリスクについて政府も与党もあいまいにしている。
 このままでいいはずはない。ここに至っては道は二つある。一つはいっそ9条を改正することだろう。もう一つは廃虚の不戦の誓いを忘れず、9条を堅持して現行憲法の理念に沿うよう自衛隊の活動に国民が歯止めをかける余地を残すことだ。

▽被爆地の願いを
 私たちは当然、後者を選ぶべきだと考える。被爆地広島の人たちは人類史上、例のない惨禍を経験し、戦後も恒久平和を切に願い続けてきた。その思いをあらためて共有すべきだ。
 1月に亡くなった憲法研究者の奥平康弘東京大名誉教授はこんな言葉を残した。「平和というのは戦争に対峙(たいじ)して断固として戦わないこと、戦争の準備をしないこと」。何をきれいごとをと鼻白む向きもあろう。それでも憲法9条こそ安全保障だとする主張に耳を傾けたい。


2015/5/3 琉球新報

<社説>憲法記念日 空文化を許さず 沖縄に平和主義適用を

 戦争放棄、恒久平和を掲げる日本国憲法が施行されてから68年を迎えた。
 日本国民が平和憲法下で生活していたころ、サンフランシスコ講和条約第3条によって日本と切り離された沖縄は、米国の軍事植民地状態に置かれた。日本国憲法が適用されたのは憲法制定から25年後の1972年だった。
 ことしは戦後70年に当たる。日本の防衛のため住民の4人に1人が犠牲になった沖縄にとって、憲法の平和主義は普遍的な価値を持つ。安倍政権による憲法の空文化の動きは断じて許されない。

「われわれの憲法」
 50年前の65年、立法院は5月3日を祝日とすることを全会一致で可決した。日本国憲法を「われわれの憲法」として公式に認め、積極的に支持する意思表示だ。施政権返還を求める最大組織の祖国復帰協議会も同年、沖縄が日本と切り離された「屈辱の日」に当たる4月28日に大会を開き、日本国憲法の適用を正式に要求した。
 当時の沖縄は、米統治者による布告、布令の軍事法規で支配されていた。日本国憲法の基本原則である国民主権、基本的人権が保障されず、米兵が引き起こす事件事故の被害に苦しめられた。63年、高等弁務官のポール・W・キャラウェイが「自治は神話」と発言して直接統治するなど、自治は無いに等しかった。
 65年以降、米国は地上軍を増派してベトナム戦争を拡大させ、嘉手納基地にB52爆撃機を常駐させるなど、沖縄は米軍の出撃拠点になった。日本国憲法が最も重んじている平和主義に反する状況に置かれ、住民は再び戦争に巻き込まれる不安を抱いていた。
 憲法記念日を沖縄で祝うことで、一日も早く日本国憲法が適用されること、つまり平和憲法下の日本に復帰することを希望した。
 しかし、施政権返還後に日本の憲法体制下に入ったにもかかわらず、在沖米軍基地は撤去されず自由使用が続いている。理由は、日米の返還交渉で密約を結んだからだ。歴代政権は、在沖米軍基地の整理縮小に真剣に取り組んでこなかった。このため施政権返還後も米兵が引き起こす事件・事故で人権をむしばまれ、日々の訓練による爆音被害にさらされている。憲法の平和主義が現在、沖縄に適用されているのか大いに疑問だ。
 安倍政権は米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を「唯一の解決策」と語り開き直っている。名護市長選、衆院選、県知事選を通じて示された民意を無視することは、民主主義の否定であり、憲法の原理に反する。

希求し続けた沖縄
 安倍政権は現行憲法を空文化しながら、最終的に改憲を目指している。
 昨年7月には、従来の憲法解釈を変更し、自国が攻撃を受けていなくても他国への攻撃を実力で阻止する集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行った。国民的議論もないまま、一政権の一存だけで安保政策を大転換した。
 さらに安倍首相は、米連邦議会の上下院合同会議で、集団的自衛権を可能とする安保関連法案が国会に提出されていないにもかかわらず「この夏までに成就させます」と国際公約した。主権者である国民の代表で構成する国会軽視であり、憲法を軽んずる発言だ。
 安倍首相は3月の国会答弁で自衛隊を「わが軍」と呼んだ。撤回したものの、憲法9条の存在を無視し、長年の政府解釈を否定する発言だ。首相が推進する「積極的平和主義」とは、日本が軍隊を持ち、再び「戦争のできる国」になることではないかと危惧する。
 平和憲法を現実に生かす努力を怠り、憲法解釈を変更して空洞化させることは、憲法尊重擁護義務(憲法99条)を果たしていないことになるのではないか。
 私たちは沖縄に平和憲法の理念が適用されることを強く求める。憲法を形骸化し、望まない条文を押し付けられることも拒否する。


2015/5/3 東京新聞

平和憲法施行68年 自民、改憲へ協議主導の構え

 日本国憲法は三日、一九四七年の施行から六十八年を迎えた。初の改憲を目指す安倍晋三首相の意向を受け、自民党は改憲項目を絞り込む各党協議を主導する構えだ。来年夏の参院選を経て、二〇一七年の国会発議と国民投票に照準を合わせるが、世論の賛否は割れる。連立与党の公明党は丁寧な改憲論議を要求。野党第一党の民主党は安倍政権との対決姿勢を強め、議論に慎重だ。共産党などは反対を貫いている。
 自民党は、昨年六月に改憲手続きを確定させる改正国民投票法が成立し、具体論に入る環境が整ったと判断。船田元・憲法改正推進本部長は、他党の賛同を得やすい緊急事態条項や環境権、財政規律条項の議論を優先させる考えだ。
 来年の参院選の結果を踏まえて国会発議に向けた手続きを進め、一七年の国民投票を目指す。賛否が分かれる九条改憲などは「次回以降の課題」と位置付ける。
 憲法記念日の三日に合わせ、市民団体などが護憲、改憲双方の立場から集会を開く。衆院憲法審査会は七日、各党の自由討議を実施する。選挙権年齢を「十八歳以上」に引き下げる公選法改正案の国会審議も近く始まり、連動して民法の成人年齢や少年法の対象年齢の引き下げも議論される。
 民主党の岡田克也代表は「今の憲法をさげすんでいる首相の下での憲法論議は非常に危ない」と首相の憲法観を問題視し、改憲論議に消極的だ。
 集団的自衛権行使を具体化する内容を含む安全保障関連法案の審議は、五月下旬以降に始まる見通し。

⦿憲法記念日 各党談話
 ▼自民党(党声明) 昨年、改正国民投票法が成立した。今後は早期に憲法改正案について政党間協議の手続きに入るべきだ。わが党の草案をベースにしつつ、衆参両院の憲法審査会で幅広い合意を得る努力を続ける。
 ▼民主党(岡田克也代表談話) 閣議決定による集団的自衛権の行使容認は、立憲政治と民主主義に対する挑戦と言わざるを得ない。安倍晋三首相と自民党の「お試し改憲」とやゆされる手法を認めることはできない。
 ▼維新の党(江田憲司代表談話) 効率的で自律分散型の統治機構を確立するための憲法改正を提案している。基本原理は堅持しながら、さらなる「未来志向」の憲法を構想し、実現に向け果敢に取り組む。
 ▼公明党(党アピール) 現憲法に新たな理念を加える「加憲」が最も現実的だ。何を対象にすべきか具体的な検討を進める。「改正ありき」や「改正の期限ありき」ではなく、各党が丁寧に議論を尽くすことが重要だ。
 ▼共産党(山下芳生書記局長談話) 安倍政権の「戦争する国づくり」への暴走をストップさせるために全力を挙げる。憲法の前文を含む全条項を守り、平和的民主的諸条項の完全実施を目指す立場で奮闘していく。
 ▼次世代の党(平沼赳夫党首談話) 憲法は不磨の大典ではない。日本固有の歴史や思想、文化を踏まえ、日本国民自身の主体的な発意により、自主的に制定されるべきだ。国民と共に自主憲法制定にまい進する。
 ▼社民党(党声明) 憲法が安倍政権によって壊されようとしている。国家権力を振りかざして国民を縛ろうとする独裁政治を終わらせ、憲法を国民の手に取り戻すために、運動の輪を広げて包囲していかねばならない。
 ▼生活の党(小沢一郎共同代表談話) 政府、与党が集団的自衛権の行使に踏み込む法制度をつくろうとしているのは、憲法を完全に無視したやり方だ。法治国家、民主主義国家として決して許されるべきものでない。
 ▼日本を元気にする会(松田公太代表談話) 世界情勢は大きく変わっている。憲法は不磨の大典ではない。守るべき部分は守り、見直す部分は見直す。国全体でしっかりと議論していくことが重要だ。
 ▼新党改革(党談話) 国民と共に、私たちの生命や人権を守るためにどうあるべきかを真剣に検討し、平和主義を守りつつ憲法の在り方を幅広く十分に議論していく。

日本国憲法> 日本の最高法規。1946年11月3日に公布、47年5月3日に施行された。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原則とする。1条は象徴天皇制を、9条は戦争放棄や戦力不保持を定めている。これまで改憲されたことがない。改憲手続きに関し、96条は衆参両院とも総議員の3分の2以上の賛成で国会が改憲を発議すると規定。さらに国民投票で過半数の賛成が必要とした。


2015/5/3 西日本新聞

安倍首相の憲法観、立憲主義と矛盾

 戦後70年の憲法記念日を迎えた。安倍晋三首相は憲法改正への動きを具体化させ、来年夏の参院選で改憲発議ができる3分の2以上の勢力を獲得できれば、2017年にも国民投票に付す考えだ。
 首相は、現行憲法を「連合国軍総司令部(GHQ)がたった8日間で作った代物」と言い切る。GHQに押し付けられた憲法を日本人の手で改正してこそ、真の独立国になれるという強い思いがある。
 首相のこの憲法観を源流から探り、今の改憲論議を考えてみたい。ここ数年、憲法に関し積極的な発言をされている天皇、皇后両陛下の真意を、厳に政治利用にならない範囲で読み解いてみたい。5月3日を、国民の一人として憲法に向き合う日にしたい。
 「憲法は国家権力を縛るものだという考え方があるが、それは王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方で、古いものだ。憲法は国の形、理想と未来を語るものだ」
 昨年2月、衆院予算委員会で立憲主義について問われ、首相の安倍晋三はこう答弁した。
 国民の権利や自由を守るため、国がやってはいけないことについて、国民が定めた決まり-。憲法について日弁連はホームページでこう説明している。いわゆる立憲主義だが、安倍の憲法観は異なる。
 慶応大名誉教授(憲法学)の小林節は「権力者は人から選ばれるが、人は完全ではない。だからこそ厳重な手続きで権力者を縛る必要がある。こうした考えを『立憲主義』といい、民主主義国家の基本だ」とした上で、安倍の答弁に疑問を呈する。
 「世界で成文憲法を初めて制定したのは米国だ。王権が絶対権力を持っていた時代に憲法は存在しない。首相は立憲主義についてどこまで理解しているのか」
 自民党が野党時代の2012年に公表した「憲法改正草案」も、立憲主義と相いれないような憲法観が色濃くにじむ。
 国旗、国歌の尊重や家族の助け合いは国民の「義務」とし、人権が制限される例外規定として「公の秩序」を明記する。憲法学者からは「法と道徳的価値観がごちゃまぜになった復古主義的なものだ」という批判も強い。
 こうした憲法観が生まれる背景に、小林は国会で増える世襲議員の存在を指摘する。「彼らは生まれたときから権力側にいる。憲法は統治するための道具としか見ていない」
 国会議員の中で戦中派がどんどん細り、戦後生まれが9割を超える現状の影響もありそうだ。
 数少ない戦中派の一人で、現職衆院議員では最年長の元金融担当相亀井静香(78)は、憲法は連合国軍総司令部(GHQ)が押し付けたものだが、「平和主義や基本的人権の尊重は日本人が大事にしてきた価値観だ」と強調。国会で若手議員から「八紘一宇」発言が飛び出すなど、戦前の日本を美化するような風潮が生まれていることを危ぶむ。
 「戦前の日本はすごかった。日清、日露戦争にも勝ち、強かったと。歴史をちゃんと知っているのか。明治憲法のもとで治安維持法は作られ、国家も国民も不幸に追いやられた。私たちはその時代を肌で知っている。憲法とはああいう法律を作らせないものでなければならない」
    ◇      ◇
祖父の悲願、宿命の改憲
 首相の安倍晋三は、祖父である元首相、岸信介の思い出をかみしめていた。「このソファは当時のままだね」。岸が晩年の17年間を過ごした静岡県御殿場市の旧岸邸。安倍は1階居間にあるソファに深く腰を下ろした。
 今年1月10日夕。安倍は20年ぶりに旧岸邸を訪れた。数寄屋建築で延べ床面積170坪(約560平方メートル)の豪邸。安倍も学生時代、時には成蹊大の友人を連れて遊びに来た。
 「2階にも行きたい」。わずか15分という駆け足の滞在だったが、満足した様子で帰っていった。
 「政策は岸似、性格は父親の安倍晋太郎似」。母洋子が分析するように、岸は安倍の目標である。同時に、祖父の偉大さ故に抱く、複雑な劣等感を指摘する声もある。
 「昭和の妖怪」と呼ばれ、日米安保条約改正を実現させた岸でさえ成し遂げられなかった憲法改正。
 側近らは口をそろえる。「憲法改正は安倍さんの悲願であり、宿命だ」
 「私たち自身の手で21世紀にふさわしい日本の未来の姿、あるいは理想を憲法として書き上げていくことが必要だ」
 戦後最年少で首相に就任した安倍は、2006年10月の衆院本会議でこう呼び掛けた。
 当時、安倍は旧官邸(現在の公邸)で窓の外を見ながら、側近に度々思い出を話した。子どもの頃、旧官邸は、岸政権が進めた安保条約改定への反対デモで連日取り囲まれた。「あの時はすごかった。よくこんなこと(安保条約改正)ができたよな」
 続けて決意を口にした。「いま非難されてもいい。30年後、50年後に評価されるのが政治家の仕事だ。祖父はそう言っていた。俺もそう思っている。支持率が下がってもいい。政治家は結果だ」
 改憲への強い思いとは裏腹に、第1次政権では閣僚の不祥事が相次ぎ、政権の体力はみるみる落ちた。自身も難病の潰瘍性大腸炎を隠して病院に通い、執務室で点滴を打った。記者会見用のペーパーが「覚えられない」と弱音を吐いた。
 07年9月12日の退陣直前、渋谷区富ケ谷の私邸で向き合った側近に、安倍はこう言った。「靖国参拝、憲法改正、拉致被害者の帰国はどうしてもやりたかった」。側近が「必ずやってくださいよ」と励ますと、「次こそ、やるから」と答えた。
 失意の安倍を励まそうと、衆院議員山本有二が安倍に電話したのは同じ年の冬。「座禅に行きませんか」と誘うと、「行きたくて、探していたところです。作務衣(さむえ)も買ったんですよ」。
 以来、毎月のように座禅を組んだ。徐々に気力を回復し、ゴルフにも頻繁に行った。ラウンド中に「憲法改正して、独立国を復活しよう」と口にするようになった。
 憲法の施行は、岸が極東軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯容疑者として収監されていた1947年5月。「要するに何か(米から)押し付けられている」(岸信介証言録)との思いを受け継ぎ、憲法を国民の手で改正してこそ真の独立国だと思い定める安倍。
 「第1次政権で掲げた『戦後レジームからの脱却』も最終目標は憲法改正であり、たぎる思いがある」と山本はみる。
 2012年12月、安倍は首相に返り咲く。復帰後初の地元入りとなった13年3月、山口市でこう演説した。「憲法改正は、(大叔父の)佐藤栄作総理、岸信介総理も挑んだけど、できなかった。私たちが新しい時代を切り開きたい」
 13年夏の参院選、昨年の衆院選と続けて圧勝し、「1強」を固めた安倍はいよいよ憲法改正に挑む。
 旧岸邸を訪れた翌日の1月11日、安倍はそこから近い静岡県小山町にある岸信介、安倍晋太郎の墓も訪れ、手を合わせた。
 期するものは何か。山本はテレビに映る安倍の姿を見て、最近しみじみ思う。「面長の顔つきがますます岸さんに似てきた」
 (敬称略)

2015/5/4 中日新聞

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大勢の人で埋め尽くされた憲法集会=3日、横浜市で、本社ヘリ「あさづる」から(潟沼義樹撮影)

岐路の9条を考える 憲法記念日、各地で集会 

 日本国憲法の施行から六十八年となる三日、憲法記念日にちなむ集会が相次いで開かれた。集団的自衛権行使容認など自衛隊任務の大幅拡大を進める安倍政権の下、戦争放棄をうたう九条は岐路に立たされている。護憲派は「積極的平和主義でなく『積極的戦争主義』だ」と強い危機感を示した。憲法改正論議を活発化させる自民党は、二〇一七年の国会発議と国民投票を視野に入れる。集会では勢いづく改憲派が「国の根幹をいま書き換えないと」と意気込んだ。
 横浜市内の公園で開かれた「憲法集会」には、主催者発表で三万人が参加。ノーベル賞作家の大江健三郎さんは「憲法を守り抜くという強い決意を持ち『集団的自衛権を認めない』と大きい声で言いたい」と訴えた。作家の沢地久枝さんも「戦死者を一人も出していない戦後の歴史が今年切り替えられた、とならないよう頑張っていきたい」と語った。
 東京都内であった別の集会ではノンフィクション作家の保阪正康さんが「謙虚な姿勢で歴史と向き合うことが必要。憲法には過去の戦争で学んだことが多く盛り込まれている」と意義を説明した。
 「わが国に見合った軍事力を持つべきだ」と指摘したのはジャーナリスト櫻井よしこさん。民間憲法臨調などが主催し、都内で開かれた改憲派の集会で「(九条改正によって)安倍政権の下で日本を守り通し、世界のために役立ちたい」と強調した。大相撲解説者の舞の海秀平さんは「日本は国際社会の土俵で押されて土俵際。改憲を考え、世界の中で真の勇者といわれる国になってほしい」と話した。
 都内であった改憲派の別の集会では「一日も早く独立国家にふさわしい憲法改正を」と呼び掛ける決議が採択された。
 安保法制関連法案は今月十四日に閣議決定され、国会に提出される。与党は今国会で成立を図る方針だ。改憲をめぐっては、自民党が第一段階として、緊急事態条項や環境権、財政規律条項の新設をテーマに想定。その次の段階で九条改正に取り組む構想を描く。

「平和の尊さ肌で感じる」 沖縄知事が談話
 沖縄県の翁長雄志知事は三日、憲法記念日に当たって談話を発表し「県民は戦後の米軍統治により、長年にわたって日本国憲法が適用されない状況に置かれた。これまでの歴史を通して平和と人権の尊さを肌身で感じている」と強調した。
 沖縄は一九七二年の本土復帰に伴い、憲法が適用された。翁長氏は「憲法はわが国の平和と安定に大きな役割を果たした」と評価。「戦後七十年の節目の年に県民一人一人が平和と人権を尊重し、平和の創造に貢献していただきたい」と締めくくった。

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