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2019.10.24

<戦後70年市民宣言>

『正しい歴史認識に基づいた心からの反省・謝罪・賠償は和解と友好の礎です』

 戦後70年を迎えました。この間日本政府は、戦争の事実と向き合い、正しい歴史認識に基づく反省と謝罪並びになすべき賠償責任をどこまで果たしてきたでしょうか。
 安倍晋三首相は、来たる8月15日、戦後70年談話を発表しようとしています。談話の内容は、現在、安倍首相の私的諮問機関である有識者懇談会「21世紀構想懇談会」で議論が進められています。懇談会の西室泰三座長は、戦争責任について「談話の中で謝罪する必要はない」との認識を示し、安倍首相も4月末の米議会上下両院合同会議で戦後70年に触れて演説しましたが、謝罪の意思は示しませんでした。
 1995年8月の村山談話「戦後50周年の終戦記念日にあたって」は、遠くない過去の一時期に「国策を誤り」、「植民地支配と侵略」によってアジア諸国の人々に「多大の損害と苦痛を与え」たこと、そしてそれに対する「痛切な反省」と「心からのお詫び」を明確に表明しました。村山談話は、その後のすべての政権で引き継がれています。その間、金大中韓国大統領訪日と日韓パートナーシップ宣言(1998年10月)、小泉首相の朝鮮民主主義人民共和国訪問と日朝平壌宣言(2002年9月)、アジア・アフリカ首脳会議での小泉首相演説(2005年4月)、「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」での藤崎一郎駐米大使の謝罪発言(2008年12月、2009年2月)、韓国併合100周年での菅直人首相談話(2010年8月)などと続き、アジア諸国等との友好関係を構築する礎となっています。
 しかし安倍首相は、年初より村山談話や1993年の河野談話を「全体として引き継ぐ」と言いつつ、「植民地支配と侵略」など両談話の核心部分を盛り込むかについては、今日に至るまで触れようとしていません。

私たちの歴史認識(二つの加害)
 近代日本は、一方的な琉球処分を経て、日清戦争後に台湾を植民地支配下に置き、その後も朝鮮を植民地にし、一貫した膨張主義的政策によって南洋群島さらには中国東北部(満州)へと実質的支配地域を拡大しました。
  1931~1945年の十五年戦争だけでも、日本は2000万人もの人々のいのちを奪ったとされています。戦闘による殺害以外にも、民間人に対する虐殺や強姦、労働の強制や食糧の強奪を侵略した各地で行ってきました。中国では、日本軍は三光作戦(焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くし)を実施するなど「日本鬼子」と呼ばれ、人々に恐れられました。その象徴が南京大虐殺であり、各地に残る万人坑です。植民地統治下でも、主権侵害、強制占領、日本軍「慰安婦」、強制連行・強制労働、文化財略奪、創氏改名や日本語の強制など、数々の加害の歴史を刻んできました。これらは、日本が犯した「第一の加害」です。

 敗戦後、東西冷戦構造の中で、日本は米国を中心とする資本主義陣営に与し、対立の一端を担いました。とりわけ朝鮮半島は南北に分断され、同じ民族が相争う朝鮮戦争という悲惨な戦後を体験しました。その責任の一端は、日本の植民地支配にあります。また日本は、朝鮮特需で戦後経済復興を成し遂げました。
 日本政府は1965年の日韓条約で、韓国のみを朝鮮半島に存在する「唯一合法の政府」として南北分断固定化に加担しました。そして「両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益(略)の請求権に関する問題が、(略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認」したとして、植民地支配下で起こった日本軍「慰安婦」、強制労働・徴兵被害者などへの謝罪・賠償を一貫して拒否し続けてきています。
 朝鮮民主主義人民共和国に対しては、戦後一貫して敵視政策を取ってきました。2002年9月に小泉首相と金正日国防委員会委員長との間で発表された日朝平壌宣言は国交正常化を図るものでしたが、拉致問題等を口実にして、未だに実行されていません。
 中国やアジア諸国の戦争被害者に対しても、日中共同声明や二国間の協定によって解決済みとし、個人に対する国家賠償を行っていません。例えば、閣議決定で始まった中国人強制連行の被害者への謝罪と賠償は、いくつかの企業とは和解が進みましたが政府は未だ何の責任も果たそうとしていません。責任を果たさないばかりか、2013年12月に安倍首相は、アジア・太平洋戦争を「自存自衛の正義の戦い」(聖戦)として美化し、A級戦犯を「英霊」として祀っている靖国神社に内閣総理大臣として参拝しました。アジア・太平洋戦争における加害の責任を果たそうとせず、放置し続けていることは、戦後日本が犯している「第二の加害」と言うべきものです。
 これらが私たち市民の歴史認識です。

平和への取り組み決意と緊急要請
 戦後日本は、戦争責任問題について、東条英機をはじめ一部軍国主義者(A級戦犯)が責任をとるという形で外交的決着を見ましたが、最高責任者は責任を取っていません。また、実際に手を下した一般兵士を含む一人ひとりの戦争責任も問われないままになっています。
 「責任をとる」とは、被害を受けた人々との間の深刻な溝を埋めるために、謝罪と賠償を通じた信頼回復の行動を起こすことです。日本が1945年の敗戦までに犯した「第一の加害」に対する「戦争責任」、そして、戦後今日に至るまで犯し続けている「第二の加害」に対する「戦後責任」を果たすことです。
 平和への取り組みとは、正しい歴史認識とそれに基づいた心からの反省、謝罪、賠償を行うことです。他者の足を踏んだことは忘れやすいが、踏まれた側はいつまでも忘れることはできません。私たち市民は、こうした計り知れない犠牲をもたらした歴史に誠実に向き合い、過去の清算を果たす勇気を持って、今後、さらに平和への取り組みを実践していく決意です。
 日本国憲法は、戦争の惨禍を再び繰り返さないという「心からの叫び」として生まれました。現行平和憲法は、今後一切、戦争を起こす国にはならない/しない、と永久に世界に誓った不戦・非戦の約束証文です。私たちは、この現平和憲法の精神に拠って立ち、戦後70年にあたって、次の五つを安倍首相に緊急要請します。日本の戦争責任と戦後責任を果たすことが、アジアをはじめとする世界の人々との真の和解・友好へと向かう礎となるのです。
 これをもって、私たちの「戦後70年市民宣言」とします。

2015年7月30日

「戦後70年市民宣言・あいち」市民有志一同
掲載リンク:http://70sengen.iinaa.net/index.html

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